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2010-10

五木寛之 親鸞と道元  立松和平

自力の道元 他力の親鸞。
難しい議論は、とりあえずはこの二人にまかせて。
しかし、年齢を重ねるということはやはり、こういう宗教、宗教人に興味が移っていくものだろうか。
それとももと持ち合わせていたのか。
五木寛之はエンタテイメントの大ベストセラー作家、立松和平は純文学作家だけど、行動派の作家でニュースステーションでコーナーを担当したり、枠にとらわれず幅広く活躍した。
立松和平はともかく、五木寛之はずいぶん読んだ。
立松和平のあのゆっくりとした語り口は、今ブレイク中の戦場カメラマン 渡部陽一に近いものがあるだろうか。
こういうものはゆっくりとした時間軸できっと考えたほうが上手くいくのだろう。

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自力の道元、他力の親鸞。この両者は、何が違い、何が共通しているのか?立松和平、最後の連続対談。

親鸞と道元
五木寛之/著 立松和平/著
出版年月 2010年11月 税込価格 1,575円


自力の道元 他力の親鸞 この両者は、何が違い、何が共通しているのか? 立松和平、最後の連続対談 五木寛之「立松和平追想」併録  この『親鸞と道元』は、立松さんも私も、かなり相手を意識して力を注いだ連続対談だった。 一見、共通点の少ない親鸞と道元をどう対比させて論を展開していくか。 最初は不安もあったのだが、実際に向い合ってみると、お互いに相手にしゃべる間を与えないほど話が白熱した。あらためて道元を勉強してみようと決心させられたほどだ。 ――五木寛之「流されゆく日々」より  著者の言葉 五木寛之 『親鸞と道元』の内容は、長い長い立松和平さんとの縁のなかから、自然に浮かびあがってきた主題である。 この1冊のなかでふれているように、親鸞と道元の立場は大きくちがう。それにもかかわらず、宗教の根本精神において両者は火花を散らせてスパークする一瞬がある。 それは究極の救いと悟りを、人間と宇宙の深い闇を照らす光として直感している点である。親鸞は「無碍光(むげこう)」という。道元は「一顆明珠(いっかみょうじゅ)」という。両者はそこに全宇宙と自己とが無限の光にみたされる瞬間を思い描くのだ。 この連続対話は、エンドレスな語りを想定してはじまり、立松和平さんの死とともに終わった。


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